天野刃物工房の歴史
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 初代・「倉吉」は水戸藩刀工今川家に生まれたが、
時代の変革により、
明治29年、群馬県群馬県多野郡鬼石町に移り野鍛冶となった。

二代目「林吉」は館林・秋元家の家臣、
天野義次郎の長子に生まれ、
明治36年、初代・「倉吉」の弟子となる。

明治42年、倉吉と林吉は共に群馬県多野郡万場町に移る。
大正元年、倉吉から林吉が二代目を受け継ぐ。
このとき、店名を「天野鉄工所」とする。

現代の当主、三代目・「勝夫」は昭和26年、
林吉の弟子となり、後に昭和27年、林吉の養子となる。
昭和42年、林吉から三代目を受け継ぎ、
平成元年、店名を「天野刃物工房」とあらため、今に至る。
当工房のお客様が骨董屋さんで見つけたという
「先々代・倉吉」作の鉈です。
100年以上は経っていると思われますが、
切れ味は100年経った今でも変わっていませんでした。